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2014年9月29日 (月)

「いのちの授業」(八潮中)

八潮市内中学3年生に、「いのちの授業(誕生学)」をカリキュラムに導入いただき今年で4年目。9月から11月末まで、市内全中学校3年生の各クラスに授業を届けに行きます。スタートは八潮中学校、5クラスの生徒さんに届けました。

「いのちの授業(誕生学)」では、おなかの中や生まれるときにどんな力を発揮していたのか等、だれもが持っている「生得的ないのちの力」をお話します。「いのちの授業(誕生学)」は、性教育ではありません。「お母さん、産んでくれてありがとう」ではなく、「うまれてきてくれてありがとう!」というお話です。

私自身、いのちの神秘や不思議をずっと感じ続けています。助産師になって20年たっても「命についての知識は全て知り尽くした」なんてことは不可能。赤ちゃんに会うたびに「よく生まれてきたね」と思うし、強いエネルギーを感じます。

授業では、「いのち」について一方的に教えるのではなく「一緒に考える」時間にしたいため、生徒さんへ質問をしながら進めます。同じ学年同じ学校でも、クラスによって反応は様々。静かなクラスもあれば、反応が大きいクラスも…。

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授業の後は、本物の赤ちゃんゲストさんの登場。

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抱っこすると、どの生徒さんも顔がほころびます。そこにいるだけで周りを幸せにしてくれる赤ちゃんパワーはすごい。

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生徒さんの感想文の一部を紹介します。

「話を聴く前はいのちのことを深く考えたことがありませんでした。でも今日の話を聴いて、こんなに自分の命が大事ってことが分かりました。男女の関係が、そう簡単ではないこともわかりました、恋と愛の違いを知って感動しました。赤ちゃんを抱っこして、私の中の何かが変わった気がしました」(女子)

「皆、人にすぐ『死ね』とか『殺す』とかいうけれど、言わない方がいいというかなんというか、言わない方がいいと思います。自分と友達の命を大切にしていきたいです」(男子)

「受講後に、ぼくは赤ちゃんとふれあいました。赤ちゃんはほっぺたが柔らかくて、すごくかわいくて『僕にもこんな時期があったのかな』と、赤ん坊のころの自分を思いました。今まで少し無茶をしていたりしていたけれど、これからは自分の体を大切にしようと思います」(男子)

「うまく言えませんが、本当に大事にされて愛されて今ここにいるってことが、なんだかすごくうれしく感じます。自分もいつか命を授かるのかな~と思ったら、とても愛おしく感じました」(女子)

「今まで、たくさんのことで悩んできました。ですが、話を聴いて、小さなものだなと思いました。まだまだこの先壁に当たっても頑張っていこうと思いました。自分が生まれたときに喜んでくれた人たちに感謝したいです」(女子)

「いつもお母さんに、ひどいことやひどい態度をしてしまったけれど、改めて後悔しました。自分を産んでくれた大切なお母さんを大切にしようと思った」(女子)

「私は一回死のうって考えたことはあったけれど、自分の中で『生きていることから逃げちゃいけないんだ』と思いました。生きていた方が、辛いことや悲しいことや楽しいことがあるけれど、お話を聴いて、改めていのちは大切なんだと思いました。赤ちゃんを抱っこしたときには、自分もこんなふうに抱かれて愛されていたんだなと改めて思いました」(女子)

15歳のピュアな感想に、胸がいっぱいになります。どうか心と体を大切に、キラキラした未来になりますように。

伊藤校長先生や先生方、いろいろとありがとうございました。

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2014年9月18日 (木)

赤ちゃんのおしりかぶれ

おしりかぶれの原因は、おしっこの回数が多くおむつの中は湿度が高いから。特に、母乳をたくさん飲んでいるベビちゃんはウンチがゆるく回数も多いために、おしりかぶれをおこしやすくなります。

おしりかぶれの対策は主にふたつ。それは「清潔と乾燥」

清潔のためにできることとして、ウンチの後によく拭く。おしりふき用ウエットティッシュを使うよりも、綿花や布をただのお水(またはお湯)で湿らせて拭く方が早く治ります。おしりふき用のウエットティッシュの中には防カビ剤等も含まれており、かぶれた敏感な皮膚には刺激が強いためです。もちろんウンチの度に洗うことができたらより理想的です。

そして乾燥…。一番効果的なのは、なんといっても日光浴。

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こんな姿勢でお尻にお日様があたるように寝かせます。お尻がぽかぽか暖かく、ご機嫌よく眠ってくれます。日光浴は難しいときは、おむつかえのたびにうつ伏せにして、ドライヤーやうちわで乾燥させるのもお勧め。赤くただれていたおしりが、お日様にあてているうちにきれいに赤みがひいていきます。

おしりをきれいにして、よく乾燥させてからおむつをあてるようにしたら、ほとんどのお尻かぶれは数日できれいになります。

もし、上記の2点を頑張ってもどうしても治らなかったら、それからお薬。ベビちゃんは自然治癒力をもっています。おしりかぶれになったらすぐにお薬ではなく、まずはナチュラルな方法でケアすることをお勧めします。

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2014年9月15日 (月)

母性衛生学会

幕張メッセ国際会議場で開催された母性衛生学会。妊娠・出産・授乳・育児・性教育…に携わる医師や助産師・看護師、そして学生が全国から集う学会です。

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会場の中では、多くの部屋でそれぞれの発表がされていました。学びたいことがいっぱい。中でも私が特に関心をもったのは、「チームで応援するこどもの性と性」シンポジウム。地域研究交流センター、中学校養護教諭、助産師会…いろんな立場から、実践している性教育の現状と今後の課題の発表というプログラム。学びになります。

企業ブースももりだくさん。私はママズケアブースでお手伝い。さら助産院のベビマクラスはママズケアメソッド。ママズケアではべビマだけではなく、「痛くないおっぱいケア」もわらべうたに合わせてマッサージします。多くの方にこのメソッドを知っていただくための学会企業展示です。

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2000人以上のご来場があり、出会いもたくさん。楽しいわらべうたのベビマ、そして「痛くないおっぱいケア」について、多くのママに知ってもらえますように。

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2014年9月13日 (土)

「だっこ講座」しました

だっこのスペシャル講座をしました。

スリングで有名な北極しろくま堂社長の園田正世さんに静岡からお越しいただき、「世界の抱っこ」や「抱っこの歴史」についてのお話と、「気持ちいい抱っこ・おんぶ体験」の2本立て。

園田さんは、北極しろくま堂社長だけではなく、防災セミナー等の活動もしている「だっことおんぶの研究所」所長、そして東京大学大学院にてだっこの研究を深める学生さんでもあります。さらに3児の母親というパワフルな女性。

ぜひ、「園田さんからの抱っこのお話を八潮のママたちにも届けたい!」と思ったのがきっかけの企画。ママたちの関心も高く、受け付け開始早々に定員20名の予約がいっぱいになったほど。私も、学び深い時間になりました。

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だっこやおんぶは、「赤ちゃんを身にまとうように」することが理想。抱っこの場合、ピタ~ッとくっついておでこにキスができるくらいがちょうどよい距離だそうです。赤ちゃんにとっても、気持ちのいいポジションだとよく眠れるそうですよ。

最近は「赤ちゃんを運んでいる」ような、ぶらぶらした抱っこをしているママが増えました。私も街中で見かけて気になることがよくあります。赤ちゃんもラクチンではないし、ママにとっても重いから快適ではない。

このだっこが増えた背景として、欧米メーカーの抱っこひもユーザーが増えていることが関係しているそうです。欧米の抱っこひもメーカー(たとえばエ○○)商品は、体重74kgくらいの女性が抱っこすることを想定して作られているため、平均的な日本人女性が使うとサイズが緩くぶらぶらしがちなんだとか。抱っこひもを購入するときは「どこの国の商品なのか」を知ることで、どのような体型を想定した商品かがわかります。

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そして、だっことおんぶ体験。

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おんぶの体験では、「え~っ、こんなに高い位置なの?!」という声も。昔の子どもは、高いところから肩越しにママの動作を見ながら生活することで、自然に学ぶことが多かったそうです。

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応用として、大判布が一枚あれば防災時にこんな簡易抱っこもできます。ビニル紐でもできるそうですよ。(この大判布は、こちらの「大」サイズを使っています)

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最後に全員で記念撮影をパチリ。

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ピンクエプロンのスタッフは、ベビマ認定講師たち。ベビーウェアリングコンシェルジュとしてお手伝いに来てくださった鈴木さんも。

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今回限りの予定でしたが、好評のため第2弾をできたらいいなと思っています。まだ未定ですが、来春ごろに企画できるかもしれません。

ママもベビちゃんも、気持ちのいい抱っこ生活となりますように。

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2014年9月 1日 (月)

虐待報道に思うこと

「虐待」という言葉をニュースで聞かない日はないくらい、毎日のように悲しい事件が報道されています。

「24時間以内に死ね」と14歳の息子に言って自殺させた父親、兄弟げんかで父親の威厳を見せるために9歳児の指を切断した父親、3歳児を突き飛ばして外傷性ショックで死なせた母親…。どれもこの1カ月の間に起きた事件。

育児の孤立化、個室化。そして、出産するまで「子ども」という存在との接点がなかった親がほとんどという時代の背景。

我が子が生まれたとき、「一生守りぬこう」「一生大切に育てよう」と思ったはずなのに。「大きくなったら自殺を強要しよう」とか「いつか殴り殺してやろう」と思って産み育てた親は絶対にいないのに…。あまりに悲しすぎる現実。

そして、数ヶ月前に渋谷駅で起きた幼児虐待事件。これは、泣き叫ぶ女児をヒステリックに蹴りつけながら怒鳴っている母親の様子を、通行人の男性が動画を撮りネットで拡散した事件のこと。ネット上では「通り過ぎる無関心な人が多い中、勇気を出して動画撮影した男性はすばらしい」と称賛する声も上がりました。

確かにこの母親の行為自体は虐待で、許されることはないと思う。でも、この動画に同時に映っていたのは、「おい!!虐待だろ!」「証拠動画撮ったからな!」と、攻撃的に言い捨てる撮影者の男性の声。

この男性は、泣き叫ぶ幼児と行動を共にした経験があるのだろうか。世間の多くの男性は、泣き叫ぶ子の世話を「長時間たった一人で」する機会は少ないのではないだろうか。世話をする時間が制限されていたり、周りに妻や家族がいる事の方が多いのではと思う。

通報した男性に子どもがいるのかどうかは分からないけれど、泣いてかんしゃくをおこす子をなだめて抱っこして、(子どものおもちゃや洋服やおむつがたくさん入った)荷物を持ちながら満員電車に乗った経験はおそらくないと思う。だって、きっとそんな経験をしたことのある人間は、余裕がなくてヒステリックになっている母親に攻撃的な言葉を投げつけることはできないと思うから。

せめて周りの大人が、この親子に温かいまなざしを向けていたなら…。「あらあらどうしたの?」と子どもに優しい声をかける大人がいたなら。「ママも大変よねえ」とママをねぎらう大人がいたなら。「あなたの状況がわかるわよ」と共感的に関わってくれる大人がいたなら…。あの母親はハッと冷静になった可能性はある。あんなにヒステリックになることはなかったかもしれない。

そして、挙句にネット上に動画が拡散され、個人が特定され自ら警察に名乗り出ざるを得ない状況に追い込まれてしまう。(ニュース:渋谷駅で幼児虐待していた母親を特定

母親は、逃げるようにその場を去った後、「この子が泣き叫んだせいで恥をかいた」と、子どもにきつく当たっていないだろうか。目立つところだと問題になるから、だれにも見つからないように部屋の中での虐待に発展していないだろうか。

虐待がクローズアップされて久しいけれど、「鬼母」「狂気」「奇行」とセンセーショナルな文字を目にする機会が多い。虐待は一部の特殊な親の問題であって、まるで自分たちとは住む世界が違う人の話のような報道には違和感を覚えるのです。

丁寧なルポライターとして知られている杉山春さん(代表著書「虐待」「ネグレクト」)は著作の中で、「虐待しているのは、残虐非道な親ではなく『ごく普通の人たち』で、虐待してはいけないことを十分に知っているのだ」と、述べていらっしゃいます。

また、杉山春さんの著書「ネグレクト」の巻末解説から、以下を引用します。

白昼、時ならぬ子どもの悲鳴!振り向けば、3~4歳の女の子が髪の毛を逆立てんばかりに泣き叫んでいる。いきなり罵声が続いた。

 「早く来いっていうんだよ。てめえぶっ殺されたえのか!」

女の子から15mほど離れた路上に、母親らしき女性がいる。私と一瞬目が合うと、語気だけは多少やわらげて、つりあがった目つきのままで、「ねえ、早くしてくんない?ママ行っちゃうよぉ。もう行っちゃうよぉ」と言った。

茶髪でも「ヤンママ」風でもない、どこにでもいそうな若い母親である。その平凡さと、むき出しの罵声の異様さとがあまりにかけ離れていて、私は当惑と気がかりが入り混じった後味の悪さにとらわれる。そんなことが、近頃とみに増えた。

私がつきあう機会の多いアジアの留学生たちからは、こんな質問を受ける。「どうして日本人は、親が子ども殺しますか?そして、子が親、殺しますか?私の国では絶対ありません」

来日して一番ショックだったことはこのことだと、ベトナムの留学生も、モンゴルの留学生も、中国人の留学生も口をそろえた。私たちは、子殺しや親殺しのニュースに驚かなくなって久しいが、アジアの、とりわけ発展途上国から来た留学生にとっては、頭をこん棒で殴られたような衝撃を受けるようだ。

日本も昔はこうでなかった。明治時代の初期に来日した欧米人たちは、日本人が朝から晩まで子どもらの世話を焼き、人目もはばからず我が子を慈しむ姿に感銘を受け、しばしば滞在記に書きとめている。それがいつ頃、なぜ変わったのか。

次から次へと起きるショッキングな事件をマスコミ経由で知らされる私たちは、異常な事件は、自分とは縁もゆかりもない異常な人間がしでかした凶行となんとなく結論付け、そうやって自分をまたなんとなく納得させて、すぐ忘れる習慣を身につけてきた。~ノンフィクションライター野村進さんによる~

泣き叫んでいる子どもを見かけたら、私たちに何ができるだろう。子どもを怒鳴りつけている親に出会ったら何ができるのか…。もちろん、命にかかわるような状況なら通報も必要かもしれない。でも、命にかかわる状況ではないときは、感情的になっている親が「ふと」我にかえれるような関わりが必要なのではないかと私は思う。

泣き叫んでいる子どもに飴玉を差し出すとか、親に「大変ですね」と声をかけるとか、もしくはただニコッと笑いかけて通り過ぎるだけでもいい。たったそれだけで、沸騰している親の気持ちが少し静まることを願いたい。

育児中は、精神的に安定しているときばかりではない。体調の悪い時や、夫婦げんか、身内の不幸、経済的な問題…。シングルマザーなど周りのサポートがない親も大勢いる。精神的に緊張しているときに子どもが泣き叫んだら冷静でいられないこともある。そんな状況の親を、周りの人たちが温かいまなざしで守ることができたなら。そうしたら、毎日報道されている虐待事件のように追い込まれる親は少なくなるのではないか…と、思うのです。

虐待の発見に必要な「地域の目」とは、「虐待を発見する目」ではなく、「やさしく見守る目」であり、「頑張っている母親を認める目」であってほしい。頑張っていることを認めてもらい冷静になったら、虐待しそうな自分を止めることができるかもしれない。もしも虐待している母親をみつけたら、責めるのではなく、そこまで追いつめられるほど頑張った努力も認めてあげてほしい。そうしたら、本来の優しい気持ちを取り戻すこともあるのでは?

もちろん子どもに暴力をふるったり罵声を浴びせることを擁護するつもりはないし、虐待は許されることではない。けれど、育児経験の少ない人たちが「鬼母」「狂気」と糾弾することに違和感を覚えてならないのです。私自身も孤独な育児を経験し、自分を見失いそうな瞬間が何度もありました。今この瞬間にも育児で悩み、子どもを怒鳴り暴力をふるいそうに追い詰められている親が一線を超えないためには、私たちに何ができるのだろう、まずはその原点を考えたいと思うのです。

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