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2014年7月30日 (水)

佐世保殺害事件に思うこと

佐世保で起きた女子高生による殺害事件。あまりにむごく、ニュース報道を見るだけで苦しくなる。

まだまだ事件の詳細は分からないし、少女が何を思って殺害したかももちろんわからない。でも、同世代の娘がいる母親として、たった16歳少女の心の闇がここまで深くなる前に、誰か身近な大人が気づいてあげられなかったものかと思う。

この少女は母親を亡くしている。そして父親は再婚し、少女と離れて住んでいる。まだ16歳という年齢での一人暮らし。この経緯を知るだけでも、真っ先に思いつく形容詞は「寂しさ」と「孤独」。

少女には、父親を金属バッドで殴打し頭蓋骨陥没を負わせたことがあったらしい。あくまで推測だけれど、父親はこの件で「一緒には暮らせない」と判断し、一人暮らしをさせたのかもしれない。だとしたら、この少女は「見捨てられた」と思った可能性もある。

「どんなことがあっても見守ってくれる」「たとえ世界中が敵になっても味方でいてくれる」…。そんな無条件の愛を子どもは求めている。「○○ができたから誉められる」とか、そんな表面上のことではなく、「ただただ存在そのものを愛されたい」と…。

この少女が、母親を亡くし、父親からは見捨てられた…と感じていたとしたなら、どれほど心細かったことだろう。もう、自分を支えてくれる存在はいなくなってしまったと感じたかもしれない。

少女にとって、信用できる大人はいなかったのだろうか。今後、取り調べをする大人が「愛する家族と暮らしている人」であったなら、彼女はどこまで心を開こうとするだろうか。高校生の友人たちが当たり前のように享受している、「家族との暮らし」「家族から守られる」ことを、少女はどのような思いで見ていたのだろうか。少女が感じていたであろう孤独、そして心の闇が狂気に変わろうとしているときに、誰かが察知して手を差し伸べることはできなかったのだろうか。

もちろん、どんな理由があれ人を殺める心理は到底理解できないし、許されることではない。

そして、

大切に大切に育ててきた娘を無残に殺されてしまった親御さんの深い悲しみを思うと、想像を絶する。いのちの誕生を喜び、たくさん抱っこし、毎日たくさんの話をしてきたであろう15年間。高校生になってからも、毎日の食事を気遣い、疲れていないか悩んでいないか気遣い、交通事故を心配して迎えに行くこともある日々だったと思う。楽しみにしていた未来が消えてしまった。親御さんにとって、自分の人生より大切な宝物の未来が…。

このような事件が二度と起きてほしくないと切に願うとともに、少年少女の心の叫びに気づけるよう意識を向けられる大人でありたいと思う。

助産師である前に、一人の母親として。

…この事件について書いている、新聞記事を転記します。

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木と紙の家が育てた日本の文化は‘気配’に敏感である。映画監督の大林宣彦さんが以前、こう語っていた。「家族が言葉を交わさなくても、今だれが幸せで、だれが傷ついているか全部分かった」と。

建材が多様化した今も、気配の文化はそう変わるまい。「何があったか子の口笛の寂しい日(大西俊和)」。表情があり、しぐさがあり、声には色がある。

少女(16)はマンションで一人暮らしをしていた。口笛を吹いても、気配を察してくれる人はいなかっただろう。佐世保市の事件である。

同じ高校に通う女子高生(15)を殺害した容疑で逮捕された。「人を殺してみたかった」と、異様な供述をしているという。分からないことだらけだが、少女の内側で育っていたらしいような何かを気配で察することのできる人が周囲にいたならば…との思いを抑えきれない。

「来年の今日に逢わないもののため欅は蝉をふところに抱く(清水矢一)」。はかないがゆえに尊い命を、万物が教えてくれる夏だというのに。

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読売新聞の「編集手帳」の記事(7月30日)より。

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