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2012年12月20日 (木)

どこから犯罪者になるのだろう

母乳相談で、警察官のAさんと出会いました。看守というお仕事で、留置所で働いていらっしゃったそうです。手錠をつないだまま裁判に付き添ったり、覚せい剤常習者の妊婦さんに関わったお話などをお聞きしました。

そのAさんの話してくれた言葉が、私の中にずっと残っています。それは、「赤ちゃんが生まれてから善人ばかりに会う生活になった」とおっしゃった言葉。

Aさんは、犯罪者と呼ばれる目つきがきつい人たちと毎日関わるお仕事だったため、出産後に赤ちゃんと過ごしているとまわりの人が優しく笑いかけてくれることが、嬉しいと話していました。

Aさんと出会ってから、改めて赤ちゃんに関わることのできるお仕事のありがたさを感じるとともに、こんなことを考えます。

それは、誰もが同じ赤ちゃんとして生まれたのに、「犯罪者」と「善人」に、どこから変わっていくのだろう、ということ。生まれた時からの悪人なんているわけがないのに。犯罪者にしようと思って育てる親はいないはずなのに。

毎日のように報道される凶悪な事件。看守のAさんいわく、「親が犯罪者」か「彼氏彼女が悪い」ケースがほとんどだとか。覚せい剤常習者の妊婦さんは、彼氏も常習者だったと聞きました。

生い立ちの中で、残酷なことが平気になっていく。なんだかとても悲しい。

「犯罪者」と呼ばれる人たちが、全て100%悪いのだろうか。もし周りの大人たちから、毎日のように「かわいいね」「いい子だね」「ありがとう」と言われる生活があったならば違ったのではないだろうか。どんなときにも周りの人からたくさんの愛を注いでもらえていたならば違う人生があったのではないだろうか。

そして、道を踏み外しそうになった時に、もし、「あなたは大切な存在だから、自分の未来を大切に生きてね」と応援する大人が正しい道へ導くことができていたなら…。もし、家族や友人や恋人が、過った行動を正そうと本気で関わってくれていたなら…。

犯罪者と呼ばれる人たちを決してかばうわけではないけれど、人を殺したり騙したり欺いたりしたくなるほど追い込まれた経緯は、100%すべて本人のせいではないように思う。

私自身も追い込まれて気持ちがすさむことがある。絶望的な気持ちで涙があふれて夜も眠れないこともある。人生は楽しいことばかりではないし、大人になったら誰かに甘えることもできない。

でも、どんなにつらくて苦しいときでも私を支えてくれる人がいてくれた。それは、家族だったり友人だったり、時には出会ったばかりの人だったり。そんな人たちに支えてもらい優しい言葉をかけてもらって今の私がいる。だから苦しいことがあっても、なんとか、ようやく、頑張れている。

Aさんと出会ってから、いろんなことを考えます。優しい気持ちで生きていきたい。優しい言葉を使いたい。そして自分自身も守りたい。そのために自分を傷つける人とは距離をとることがあったっていい。改めてそんな気持ちでいます。

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