こどもの日
5月5日のこどもの日。初節句を迎えたベビちゃん、おめでとうございます。鯉のぼりが似合うきれいな青空。この空のように、のびのびとご成長されることをお祈りします。
5月5日になると毎年思い出すこと。幼いころに、「こどもの日だから何か買って」とせがんで買ってもらったアイスクリーム。行楽の帰り道に買ってもらったひとつのアイスクリームだけれど、そのアイスクリームと一緒に妹や両親の笑顔や、景色やあの日の甘いにおいまで一緒に思い出されるからふしぎ。
日本中の子どもたちが、健やかな成長を喜んでもらっているこどもの日。でも毎日虐待のニュースは続き、切なくなります。ニュースを見て凍りつき涙がでることも。どの父親も母親も、こどもが生まれた時はうれしくてたまらなかったはず。こどもたちの未来を明るくするために、私たちには何ができるんだろう・・・。以下は社説を転記しました。
毎日新聞 2010年5月5日 「社説」より
闇の深さに目を背けて明るい未来を語るのはむなしいから、あえて虐待の話をしたい。
新聞で児童虐待の記事を見ない日はないほど各地で悲惨な事件が続いている。生後6カ月の長男の頭を水道の蛇口にぶつけてくも膜下出血の重傷を負わせた父を逮捕。1歳7カ月の男児の腹を何度も強く押して小腸裂傷で出血死させた母の内縁の夫を逮捕。生後1カ月の次男の頭を壁に強くぶつけた父を逮捕。自宅の壁に生後9カ月の長女を投げつけ骨折させた父を逮捕--。これらは4月に起きた事件のごく一部である。「あやしても泣きやまないのでイライラした」「取り込んだ洗濯物で遊んでいたので腹が立った」。何も言えず逃げることもできない乳幼児への暴力は、どこにでもある日常の小さなことが引き金になる。
親の悪口を言わない子どもが多い。三重県鈴鹿市で母の内縁の夫から虐待された小学1年の次男が脳内出血の大けがをした事件では、3カ月前に学校が虐待に気づいていた。長女が真冬にヨットパーカ1枚で外に出されているのを近所の人たちが目撃し警察に通報したが、「入ってはいけない部屋に入った私がいけない」と長女は話した。顔のあざや目が腫れていたことも何度かあった。「足を滑らせて転んだ」と長女は大人たちをかばっていた。
この子らにどんな罪があるというのだろう。いや、どんな親にしても憎くて子どもを虐待しているわけではないと思いたい。完全失業者350万人という社会の中で自らの存在価値を見いだせず、貧困と孤立に陥っている大人のなんと多いことか。バラバラになった家族が寄り集まった密室でストレスがか弱い子どもに向けられているのだ。
わが国の児童虐待対策は歴史が浅い。虐待の統計を厚生省(当時)が取り始めたのは1990年。その10年後に児童虐待防止法が制定され、法や公権力の家庭内不介入という原則が大転換された。急激に増え続ける虐待相談に対応するため児童福祉司が増員され、制度改正も何度か繰り返されてきた。それから10年がたった。虐待の早期発見や子どもの保護などの初期対応がまだまだ不十分であることを最近の事件は物語る。一方、虐待する親の改善や指導はほとんど手つかずだ。親子関係が修復できない場合、里親や小規模のファミリーホームなど家庭を代替する制度の整備も急がれる。
さらに重要なのは虐待が起きないように貧困と孤立をなくしていく取り組みである。カネ(子ども手当)だけでなく、人々の関心や社会的資源を子育てに向け、子どもたちの笑顔があふれる社会にしたい。
毎日新聞 2010年5月5日 2時31分
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